2016.1.28 UNISON SQUARE GARDEN @ NHKホールにて、ユニゾンに惹かれた理由を改めて考える

 

Twitterでは軽い感想しか書いてなかったけど、改めて、ユニゾンと自分の関係性を見つめ直すことができたライヴだったので、ここに残しておきます。

 

※ライヴレポートではありません。

※サラッと書こうかなと思ってたらまさかの5000字超えですw 長いのでご注意を。

 

 

 

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初めてUNISON SQUARE GARDEN のライヴを観た直後、私は大声を上げながら泣いてしまった。その理由が、当時は自分でも分からなかった。

 

 

2013年のRISING SUN ROCK FESTIVAL。2日目夜のEARTH TENT。大学3年生の夏休み、ある人たちに連れて行ってもらったそのフェスは楽園のようで。まるで現実から逃げてきたみたいだったから、その広大な大地を踏みしめた感触がしなかった。

「このあとどうします? 今日は朝までですし、一旦休みます?」

目的もなくとりあえず歩いていた最中、隣にいたAさんに訊かれる。8月中旬とはいえ北海道の夜は肌寒くて、完全になめてかかっていた私はブルブルと震えていた。知り合いから借りたウインドブレーカーのファスナーを限界までずり上げる。体調は正直よくないし、テントに戻るのがきっと最善の選択だ。でもせっかくこんなところまで来たなら1本でも多くライヴを観ておきたい。天使と悪魔が脳内でせめぎあっている状態でタイムテーブルを眺めていると、水色背景に黒字で描かれた、少し長めのバンド名をそこに見つけた。

「あ。 ユニゾンって音源はよく聴くんですけどライヴは観たことないんですよね。ちょっと行ってきます」

そう告げると、Aさんは「じゃあまたあとで」とテントへ戻っていった。1人になってからEARTH TENTに近づく。どうやらもうライヴが始まっているようだ。少し走る。

 会場内に入ると「リニアブルーを聴きながら」を演奏している最中だった。何曲かだけ覗いたら途中で抜けて、ビールを何人分か買ってからテントへ戻ろう。つい数分前まではそう思っていたはずなのに、何かに吸い寄せられるようにステージに近づいてしまう。無自覚に。何かよく分からないままにその音の輝きに魅せられて、気づいたらリズムに合わせて身体が勝手に動いていて。「UNISON SQUARE GARDENでした!バイバイ!」とだけ残して彼らがステージ上を去ったころには、ウインドブレーカーの内側は汗でびっしょりになっていた。

 心身ともに上気しきった状態でテントに戻ると、「ユニゾン観てきたんでしょ?どうだった?」とBさんに訊かれる。その瞬間、まるで3歳児のように大声で喚きながら崩れ落ちるように泣き出してしまった。「え?どうしたの?」と私に尋ねる周囲の人たちは明らかに戸惑った様子だったけど、その涙を止める方法が分からなくて、なすがまま、泣きまくる。とにかくいっぱいいっぱいで、「ユニゾンって本当にいいバンドになったんだなあと思って」と繰り返すことしかできない私の背中を、Bさんは「うんうん、そうだよね」と言いながらさすってくれた*1。Bさんもまた、彼らのことを追い続けてきた人だった。

  

雷みたいな衝撃に打たれてから、だけどあの事件のような出来事の答え合わせができないまま、約2年半が経過。『TOUR 2015-2016 プログラムcontinued』のファイナル公演を観ていたら、私はあの夏、UNISON SQUARE GARDENにあることを見出していたのではないか、と気づいた。それは、一言にまとめると〈勇気〉である。自分の居場所は自分で作れるのだということ。それから、好きなものは好きなんだと大声で叫べばいいのだということ、だ。

 

そもそも私がライターを目指そうと思った理由は大まかに分けて2つある。

1つ目は、居場所がほしかったからだ。

音楽が好きだからライヴに行くようになったはずなのに、ちょうど例のRSRの年(2013年)辺りから、ライヴという場所に違和感を抱くようになっていた。必要以上の煽り。強要される手拍子。テンプレを使いまわしたみたいなキラーチューン。似たようなノリ方をする観客。一体感が生み出す素晴らしさだって知っているつもりだけど、そもそもiPodにイヤホンを挿し込んで音楽を聴くときは大抵1人なのに、なぜライヴになった途端、〈常に〉〈みんなで〉楽しまなきゃいけないのか。自分の性格が決してオープンではないということもあって、フロアに充満したどこか体育会系なノリに居心地が悪くなっていた。もしかしたら私はここに居てはいけない人間なのかもしれない、とすら感じることもあった。それでも〈ライヴレポートを書く〉という仕事があればここに居ていいという理由になる。関係者用のパスは、私にとって存在証明書だった。

2つ目は、〈好き〉の理由を自分の言葉で叫びたかったから。

キッカケは、2012年に観た好きなバンド(ユニゾンとはまた違うバンド)のワンマン。正直その日はヴォーカルの調子がよくなかったんだけど、その不調があったからこそ、一丸となって乗り越えていこうとするバンドのグルーヴに胸を打たれた――というライヴだったものの、後日どのレポを読んでも私が得た感動を代弁してくれるものには出会えなくて。自分の感情を言語化できる人間なんて他にはいないんだって分かってしまったから、それなら自分でやるしかないでしょうという、大きな勘違いが私を駆り立てた。

 明確な理由さえあれば、走り出すことなんて猿でも猪でもできる。ただ〈走り続ける〉という選択をするのが正直、ハタチそこそこの自分には怖くてしょうがなかった。インタビュー記事の掲載をキッカケに音楽業界につま先だけを踏み入れたような、自分が何者なのかを明確に口にできないような、宙に浮いた状態だったこと。大学3年生の夏、学校の雑談や講義のなかでも就職に関する話題が頻繁に上がる時期に差し掛かっていたこと。やりたいことがあるとはいえ確かな就職先があるわけではなく、将来が不明瞭だったこと。不安は山ほどあるけど、チャンスをなくしてしまうのが嫌ならば、決して顔には出してはいけない。決して弱音を吐いてはいけない。そういうふうに自分のなかで誓いを立てたのだった。

 要は、自分が〈一人〉であることを大切にしたいと思い、そのための選択をしたがゆえに、〈独り〉でいることの苦しみに打ちひしがれていた。必然の苦しみだったけど、青い私にはそれがつらかった。

 拭えない恐怖で震えながらも、走ることは止められない。そんな時期に、私はユニゾンと出会えた。こっちなんかお構いなしといった様子で、自由奔放に演奏する姿。時折顔をフロアの方に向けたときの、とびきり充実しきった表情。これだけ各々が好き勝手にやっているのに、「3人揃っているからこそ無敵なんだ」と悟らされるこの感じ。この3人の居場所こそがUNISON SQUARE GARDENで、この場にいる誰よりも自分たち自身のライヴが好きだからこそ、音がこんなにキラキラしているんだろうなあ。

 

うん、今なら分かる。ステージ上にいる彼らが体現していることが、自分を未来へと突き動かしたプリミティヴな欲求と共鳴したから、あのとき泣いてしまったのだろう。「僕らは好きにするから、君も好きにすればいい」と投げかけてくるユニゾンの音楽が、こうして私の〈居場所〉に変わっていった。

 

 話を戻すが、ツアーファイナルの1曲目*2は「さわれない歌」だった。シングル『リニアブルーを聴きながら』のカップリングであるこの曲は〈非シングル曲〉を収録したアルバム『DUGOUT ACCIDENT』のラストを飾る曲でもある。この曲には作詞作曲を務める田淵智也(Ba)の強いメッセージが反映された曲であるがゆえに田淵自身も〈自分個人の曲〉として捉えていたようだが、ミーティングにて「ユニゾンがライヴでやってきたことが集約されている曲なのでは」という話になり、『DUGOUT ACCIDENT』への収録が決まったのだそう。そんな経緯があったからこそ、武道館を終えて再びの〈通常営業〉となるツアーの始まりをこの曲に託したのではなかろうか。斎藤宏介(Vo/Gt)のアカペラによるオープニングも、この曲がもはや田淵個人のみのものではないことを象徴しているかのようだった。また、こうして意志の共有を提示することによって、たとえば個人個人での活動が増えたとしても*3、3人が集まるUNISON SQUARE GARDENこそが最後に帰ってくる場所なんだ、ということを表しているようにも見えた。

 天邪鬼な性格ゆえなのか、田淵が個人的なメッセージをバンドの曲として鳴らすことに後ろめたさを感じているからなのか、ユニゾンはカップリング曲で大切なことを唄っているケースが多い。だからこそ結成10周年のタイミングで『DUGOUT ACCIDENT』がリリースされたことはいちファンとしてとても嬉しかった。長い間このバンドは、自分たちのやり方を周囲に理解してもらうためにもがいてきた。その道のりは傍から見ても順風満帆ではなかったし、本人たちには苦労も焦りもつきまとっただろう。ただ、それでも、「好きなものは自分で守る」「裏切ってはいけないものは絶対に裏切らない」という哲学をある種頑固に守り通したことがユニゾンのカッコよさだと思う。そしてそれができたのはバンドとしてだけではなく、3人各々が〈一人〉のヴォーカリスト・フロントマン/ソングライター・ベーシスト/ドラマーとして、悩みながらも戦いを続けてきたことが大きい。その果てで何かを掴みとった一人ひとりの状態が、〈シングル曲を含まない〉という何とも彼ららしいアルバムをリリースできる今のバンドの環境を導いた。さらにそれが、ユニゾンからのメッセージを必要としているファンの存在とカッチリ噛み合ったのが今で、この10周年のタイミングで生まれたのが『DUGOUT ACCIDENT』である。だからこのアルバムを聴いていると、やっぱり結局「ユニゾンって本当にいいバンドになったんだなあ」というところに行き着いてしまうんだ。

 「さわれない歌」「誰かが忘れているかもしれない僕らに大事な001のこと」「徹頭徹尾夜な夜なドライブ」といった『DUGOUT ACCIDENT』収録曲や、「流星のスコール」「シュガーソングとビターステップ」といったシングル曲、さらに、「コーヒーカップシンドローム」「チャイルドフッド・スーパーノヴァ」等そのどちらにも属さない曲も含めたセットリスト。終盤にはバンドのロゴマーク型のネオンが登場する演出もあったものの、やはり真ん中にあるのはいい歌・いい演奏・いい曲順を繰り出すバンドの姿だった。本当にブレないバンドだし、彼らの頑固さは信用できる。

 

CDで初めて聴いたとき、まるであの夏に引き戻された気分になった曲があるのだが、本編ラストに演奏されたのがまさにその曲だった。

 

それでもまだ消えそうな声を聴いてる

泣きたくて泣けなくて無理やり笑っちゃう君の声を

だけどストレンジャー 味方なんかにはなれないけれど

ねえ 挫けていいんだよ 秘密基地で会う約束をしよう

(「プログラムcontinued」より引用)

 

手は差し伸べない。寄り添うつもりもない。君の味方になんてならない。

そう断言する彼らに「私はユニゾンに救われたんだ」なんて伝えたら嫌な顔をされてしまうかもしれないけど、やっぱりそれは曲がらない事実だったりする。僕が僕でいることを、君が君でいることを、私が私でいることを大切にするユニゾンの音楽に、何度も〈勇気〉を貰ってきた。武道館以前なのか以後なのか*4ライヴハウスなのかホールなのか――そんなことは関係なしにUNISON SQUARE GARDENは自由な音楽を鳴らしていくんだ、という気概に満ちていた2016年1月28日のライヴ。というかツアー中、全箇所きっとそうだったんだろうなあということが察せられる。

 

つまり、あの夏に見た虹みたいな音楽は、今日も変わらず鳴っていたんだ。「だって私にはユニゾンがいるから」という魔法の言葉ひとつで何回だって立ち上がれる気がする。もしかしたら無敵なのかもしれない。――そんなクサいことを平然と考えてしまった終演後の帰り道。東京・NHKホール前のコンクリート道は、固くて冷たくて、少しデコボコしていた。

 

 

 

▼シャンデリア・ワルツ/UNISON SQUARE GARDEN

「さわれない歌」も「プログラムcontinued」もMVがないので……

そういえばこの曲、あの夏のRSRでもやっていた。鮮明に憶えてる。


「シャンデリア・ワルツ」from UNISON SQUARE GARDEN LIVE SPECIAL "fun time 724" at Nippon Budokan 2015.7.24

 

 ▼10周年記念アルバム『DUGOUT ACCIDENT』

 

 

 

 

 

*1:そういえば武道館後ぐらいの時期にBさんと呑む機会があって「あのRSRのときに泣いた理由、そろそろ言語化できるようになった?」と訊かれた。そのときは「うーん、もう少しです」と答えたけど、今度会ったらここのURLを教えてみようかな。

*2:とはいえツアー中セトリを変えてなさそうだけど。彼らのことだから。

*3:実際、斎藤はソロライヴが決まっているし、田淵はQ-MHzの一員としても活動している。鈴木貴雄(Dr)も一昨年辺りから他バンドのサポートでよく叩いている印象がある。

*4:別の仕事が入ってしまったため、私は武道館へ行くことができなかった。観に行った人たちはみんな揃って「すごくよかった」と言ってくるし、行けなかったことに対して正直、後悔とうしろめたさを感じていたんだけど、この日の一発目の音を聴いた瞬間そんなモンは全部ぶっ飛ばされた。ああ、ユニゾンだ、と思いながら泣きそうになったけど、楽しさが勝って結局笑ってしまった。