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オオカミコンプレックス

突然ですが、あなたは下北沢のライヴハウスって好きですか?

 

まあ、私みたいな音楽系ライターの個人ブログを読みに来るような方ならば「好き」という人も多いかと思いますが、あえて訊いてみたかったんです。なぜなら、私が「どちらかというと苦手」なタイプの人間なので。同じような人いるのかなあ、と気になったので。

 

 

この仕事を始めるにあたって私自身下北沢という街に行く機会が増えてきたのですが、独特の温かさのある街だと思っているし、それはライヴハウスの内部でも同じだと感じていて。フロアの前方に行けば出演者の熱烈なファンがいて、そのファン同士でコミュニティ的なものができているし、逆に後方に行けばいわゆる関係者(仲間のバンドマンとか、ライヴハウス関係の仕事をしている人とか)がいて、お酒あるいはタバコを片手に「よう!」「久しぶり!」なんて言い合ったりしている。下北沢にいる人って、何か知人・友人が多い気がする。人と人との繋がりが強いということはもちろん良いことなのですが、それが狭いライヴハウスという空間で、明確に目に見える形で表れたときにちょっと辟易してしまうんです。

 

もっと言うと、そういう輪っかには入れなかった自分、みたいなものを改めて実感してしまう場所が下北沢のライヴハウスで。自分は、音楽系の専門学校に入らず普通の私立大学を卒業した人間だし、どこかの編集部で働いてからフリーライターになったという経歴があるわけでもないし、例えばMUSICA・鹿野氏主宰の「音小屋」*1みたいなものにも入ってなかった。「ライター志望」的な期間がほぼなくて、ポンと仕事を始めてしまったようなものだから、ライターに「なってから」築いた関係性だけで生きているんですよね。少し前までは、同世代で同業界の人がいないだけだと腹を括っていたんだけど、今思えば水面下では「音楽業界志望」的な人たちのデッカい輪っかができていた。それで20代半ばに差し掛かった今、その輪っかが表出してきている実感があるんです。で、下北沢のように小さなライヴハウスが密集している街って「下積みからの関係性」を大事にする空気があるから、輪っかに入れなかった自分、を改めて思い出してしまうというか。私にとってそういう環境なんですよね。

 

 

カッコよく言えば一匹狼、もっと普通に言えば友達がいない。そういうコンプレックス。でも元々「自分の感じたことを代弁してくれる人なんて誰もいない」という絶望感や反骨心を理由に書き始めたような人間だし、このコンプレックス自体が自分の書く文章の根底にあるんだろうなという自覚はあります。だから一人でいることを許してくれる音楽*2が好きだし、いつまでも一人でしかいられない自分を守るために書き続けているんだろうし。

 

だからトモダチができてしまったら書けなくなるんだろうなあと思いながら、別にフロアの真ん中らへんに立ってビールでも飲みながらライヴを観ているだけでいいんだよなあと思いながら、「どちらかというと苦手」な下北沢のライヴハウスに足を運んでいます。一体感、協調性、人情、エトセトラ、それら以外の宝物に出会うために。

 

 

*1:今となっては減ったけど、まだ学生だった頃、「大学生でライターってすごいね。もしかして音小屋の人?」と毎回のように聞かれるのが正直つらかった

*2:許してくれる、っていう感覚が既に危ういなっていう自覚はある。でも正直それが10代の頃、この仕事を始める前にライヴハウスに通っていたいちリスナーとしての自分のリアルな肌感覚でもある