約束は守るタイプです

「いや、一生って。それはさすがに分からないよ」

 

乾いた声でそう笑ってしまったことを、よく憶えている。

 

 

 

卒業文集に挟まれた真っ白なページに寄せ書きをする風習はわりとどの学校にもあると思うけど、私が中学1、2年生の時期を過ごしたクラスでは、学年が上がるタイミング、つまりクラス替えのタイミングでもそれがあった。3月になると配られる「クラスの人数-1」枚の長方形の紙。その一つひとつには「〇〇さんへ」とクラスメイトの名前が印刷されているので、各々がそこに〇〇さん宛てのメッセージを書く。それを後日担任の先生が回収し、取りまとめ。終業式の日になると、生徒は自分宛てに書かれたメッセージをまとめた大きな画用紙を先生から受け取ることができる、というしくみだ。うちの中学の恒例行事が何かだと思っていたが、あとから聞くと、中1の時にそれをやっていたのはどうやらうちのクラスだけだったらしい。それが口コミか何かで広まり、中2の時には他の先生も真似をして、いくつかのクラスでやっていた。担任の先生としては結構面倒な作業だと思うが、自分の都合を考えるよりも、生徒たちとの思い出を大切にするような人だったなあ、確かに。と、当時の担任の表情を思い浮かべながら、懐かしむ。

 

成績優秀なわけでもなく、スポーツ万能なわけでもなく、明るい性格をしているわけでもなく、とにかくパッとしなかった私だが、年に1回、ピアノの伴奏を任せてもらえる合唱コンクールだけが唯一活躍できる場だった。だから、中1の時も中2の時も、同級生からのメッセージは「ピアノ弾いてくれてありがとう」とか「合唱コン、楽しかったね」という内容が自然と多くなる。

 

そんな中で特に記憶に残っているのが、中2の時にAくん(仮)から貰った「一生スキマスイッチ好きでいような!」というメッセージだ。なぜ憶えていたかっていうと、やっぱり浮いていたからだ。そんなことを書いてきたのは彼しかいなかった。

 

 

 

水泳部のAくんと吹奏楽部の私はこれといった接点がなかったが、何かのキッカケでお互いがスキマスイッチファンだと知った。以来、曲の考察をあれこれ語り合ったり、スキマスイッチを特集している雑誌を広げて一緒に読んだり、スキマスイッチが出演していたTV番組の感想を言い合ったりしていた。この時私は、Aくんと一緒に読むために、生まれて初めて音楽誌を買った。スキマスイッチが表紙を飾っていた「WHAT’S IN?」。20P近くの巻頭特集にはスキマスイッチのバイオグラフィ・ディスコグラフィ・ライヴヒストリーを紹介するページもあり、ファン歴の浅い私たちにとってはうってつけのテキストだったわけだ。表紙が剝がれるほど読み込み、破れたところはセロハンテープで修繕した。

 

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中2といえば思春期真っ只中。それでも周囲の人に変な茶化され方をしなかったのは、二人で話している時の温度感がオタクのガチトーク以外の何物でもなかったこと、そこに恋愛的な何かが介在している空気が微塵もなかったこと、が挙げられるだろう。でも一番大きかったのは、今思うと、クラスメイトがみんないい人たちだったこと。中2の冬、他クラスから遊びに来ていた友人にAくんとの仲の良さをイジられた私は、見えない何かに苛立ちを感じ、無意識のうちにAくんとの会話の機会を減らしていった。

 

数日間話さないままだった時に配られた、長方形の小さな紙。私は確か、「水泳頑張ってね」とか当たり障りのないことを書いた気がするけど、Aくんは、ああ書いたんだ。そして「俺の書いたやつ、見た?」とAくんが笑いながら話しかけてくれた終業式の日、私は力なく言ったんだ。「いや、一生って。それはさすがに分からないよ」と。

 

 

 

ひどいことをしてから、10年経った。中学2年生だった私は、ライター5年生になった。

 

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今では連絡先も分からないAくんに言いたいのは、「一生」好きでいられるかなんて、やっぱりさすがに自分でも分からないということ。でも、少なくともこの10年間はそうだったし、「好き」を拗らせたひとつの結果として、私は今こういう仕事をしているのだということ。

 

周りの目を気にして本音を言えなかったあの頃とは違って、今は、自分の好きなものに対して「大好き!」と、カッコいいと思うものに対して「カッコいい!」と、素直に叫べる場がある。情けないけど、普通に生きていたら、自分の口に出す言葉や「言えなかった」という事実で以って間違いばかり起こしてしまう。そういう意気地のないところがいつまで経っても直らないからこそ、あえて「ライター」を選んだんだと思う。あの日の後悔を思い出す度に、一番強く実感するのは結局その部分で。10年も前の約束を忘れずにいたのは、Aくんのためでも誰のためでもなく、紛れもなく自分のためなんだと、この数日間でやっと気づいた。

 

だから私はこれからも、きっと書き続けるのでしょう。

 

例え彼がもう、スキマスイッチを好きじゃなくなっていたとしても。
例え君が、ライヴレポートを読まないような人だったとしても。

例えこの長文を書き終えるまでに、Aくんの下の名前を思い出せなかったとしても。