私が積読する理由

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マンガ大賞2019」で大賞を獲得して話題になった「彼方のアストラ」。あの漫画が全巻うちにあり、それを兄に貸した。確か1月末ぐらいのことだったと思う。 私が兄に「彼方のアストラ」を貸したのは、 同志がほしかったというか、本当に面白い漫画だから、 誰かと一緒になってその面白さを語りたかったからである。


早く「彼方のアストラ」の話をしたかったから、 兄には早く読んでほしかった。なので、貸してから2週間後に「 読んだ?」と訊いた。そしたら「まだ読んでない」とのこと。 理由を尋ねると、「積読が消化しきれていないからなあ……」 とのことだった。そこで、あれ?となる。


「え、積読って消化するものじゃなくない?」


そう思った。実際、そう口にも出したし、 積読が自分にとってどういう行為なのか、説明もしたけど、 兄にはなかなか理解してもらえなかった。そこで初めて、ああ、 感覚に齟齬があるぞ……と気づく。


兄の場合、自分が読みたいと思った本を買うが、読むペースが買うペースに追いつかないため、その差分が積まれていく、とのことだった。


私も基本は一緒。ただ、文章というものには、甘い/辛いとか、 堅い/やわらかいとか、眩しい/薄暗いとか、 そういう質感の違いがあるから、日によって自分の頭が吸収・消化したくなるものが変わってくるわけで。 その需要にいつでも対応できるよう本を積んでおく、 という感じだ。本、腐らないし。


兄は、 本を読むペースと買うペースがイコールになる状態が適切だと考えているため、積読がゼロになる状態を理想的としている。 一方私は、 積読がゼロになってしまうことは自分の欲求をすぐに満たせないこ とを意味するので、それは理想的な状態でない。積読は、 兄にとっては「いつか消化すべきもの」であるが、私にとっては「 一生消化しなくてよいもの」、ずっとあってほしい余剰なのだ。


私はこれまでの人生で自分のやり方で積読をし、 積読とはこういうものなのだと理解していたから、身近( それも家族)に全く違う考え方の人がいたこと、 もしかしたら自分の考え方が一般的ではないのかもしれないという可能性が浮上したことに驚いている。


そして今「積読」でググッてみたら、どうやら積読は、 無駄なもの、あまりよろしくないもの、いつか消化すべきもの、 として捉えられがちっぽい。ということは、 兄の方が多数派なのだろうか……。

 

あなたはどうですか?

 

積読は……
いつか消化すべきもの
一生消化しなくてよいもの
そもそもしません
 
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