日記がてら、いただいた質問に答えていく回(2019/10/1~10/31)

これはもう150回ぐらい言っていることだけど、私は自分に文才があると思っていない。

 

「あなたの文章は○○で△△で、つまり文章が上手いよね」という褒められ方をすると、嬉しい、ありがたいと思うと同時に「ということは××という点に関しては人より劣っているということですよね」と考えてしまう。とはいえ、私のアウトプットする○○や△△を求めていただけるのならば、誠心誠意、最上級の○○や△△を返そうと思う。そして、そのときの○○や△△は、誰にも負けない○○や△△であるべきだ。なぜなら私はプロだから。

 

だから、自分の才能を信じているわけではないけど、自分の才能を信じてくれている人のことは信じなければならないし、そういう人たちや読者の前ではできる限りビッグマウスを貫く。基本的にはそういう姿勢。最新版の名刺に書いているあの偉そうな肩書き、結構ツッコまれることが多いんだけど、あれもこういう理由からです。

 

この話は前にも書いたけど(一部コピペでお届け)、学生時代にこの仕事を始めて「すぐ消える」と言われ続けた私が、それでも案外しぶとく残っているのは、才能がなかったからなんだと思っている。なぜかというと、私が「この人はものすごいなあ」と思っていた人――言い換えると「文才がめちゃくちゃある」と思っていた人――のほとんどはこの仕事から離れていってしまったからだ。自分の書きたいことと先方からNGだと言われていること。自分のポリシーと寄稿先のメディアの姿勢。その間で揺れて、譲れなくなってしまって、もっと自由に生きられるところへ行ってしまったんじゃないかな、と。

 

私はそういう「すり合わせ」が上手かったというか、調子の良い人間だったというだけの話で。ものすごく簡略化して言うならば、「文章を書くことを仕事にすること」が上手かったっていうそれだけの話。「文章を書くこと」そのものが上手いわけではない。

 

フリーランスで仕事を始めてから、頭の中に2人の自分を飼っているような感覚がある。1人目はクリエイター。この人の役割はひたすらに原稿を書くこと。他のことはしなくていい。2人目はマネージャー。この人の役割は外交。1人目の方が「原稿を書く」以外のことを何も考えずに済むよう、その他のことを頑張るのがお仕事。基本的には、この2人が交互に出てきたり、同時に出てきて脳内会議を繰り広げたり……そんな感じで日々仕事をしている。脳内ポイズンベリーみたいな。

 

で、さっきの話で言うと、「文章を書くこと」を究めるのがクリエイター側の私の役割で、「文章を書くことを仕事にすること」をどうにか頑張るのがマネージャー側の私の役割。この両方が居た、ということが私にとっての幸運だった。

 

 

 

 

――と思っていたんだけど、10月入ったぐらいからかな。ここのところ、様子がおかしい。何かずっと1人目の私しか出てこない感じがある。

 

暗闇のなかで真っ白なキャンバスに向き合って、そのあまりの広大さ、無限の可能性に一旦絶望して、脳内をぐるぐる掻き回しながら、時にはそのペン先で心臓もぶっ刺しながら、アウトライン引いて、いやこれじゃないかもと消したりもして、着色して、具現化して、でっかい絵を完成させる。

 

その行為に寝食忘れて没頭して、没頭して、没頭して、気づいたら朝になっていました、みたいな。そういうことがあまりにも頻繁に発生していた。送信ボタンを押した直後、私がぶっ倒れて何もできなくなってしまったとしても、例えば原稿を関係者に展開することとか、誤字脱字のチェックをすることとか、気絶している間に「それ以降」の作業を進めておいてくれる人がいる。その事実に感謝しつつ、とはいえこれじゃあ社会人失格だよなあと苦笑しつつ、結局のところ、私は書かなければ生きていられない人間なのだなあと、実感した。どこまで行っても物書きなのだと、実感した。

 

「文章を書くことを仕事にすること」が上手かっただけなんて、冷静ぶってほざいていたけど、逃げんなよ、お前は物書きだ、書けよ、って思った。

 

ここ1ヶ月の間に書いた原稿をバーッと眺めて、2人目の自分が「怖い」と言っている。このバランスはすごく危ういなあと思うけど、今までとは違う次元に行けそうな手応えが漠然とあって。ああ、だから文章って面白い。どうにか社会で生きていけるよう、諸々調整していかないとなあっていう、今、そういう状態です。

 

 

 

 

 

という自分語りを踏まえて、質問回答回、始めます。あ、前回のはこちら

 

 26.

 

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嘔吐です。この感覚はずっと変わらない。

 

例えばライブレポートを書くためにライブを観ているときとか、レビューを書くために音源を聴いているときとか、そういう時は楽しいですけど、基本、私は文章を書いている最中に「楽しい」と思えたことがないです。ひたすらに苦しい。ひたすらに痛い。涙が出てくる時もある。だけど、原稿が完成した瞬間の清々しさ・解放感はこの上ないし、これを求めて私は書いているんだろうなあっていう感じがある。そういう意味で、嘔吐なのかなあと。

 

ただ、この吐瀉物を評価してくれる他者がいるということは、いつまで経っても謎だけど。

 

 

27.

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すげー、どなただろう……!

 

多分取材の時にそういう話をしていないから思い当たる節がなく、非常に申し訳ないのですが……。その節は大変お世話になりました。あなたの人生に影響を与えてしまったこと、誇りに思うと同時に、より精進せねばと、背筋が伸びました。ありがとうございます。

 

営業はですね、特殊なことはそれほどしていなくて、語れるほどのことも特にないんですけど。ざっくり書くと、以下のような流れです。一般的な就職活動と変わりないと思います。

 

(1)誰にも見せる予定のない原稿をひたすら書く+自分の領域にあたるメディアをチェックする+そのメディアに掲載されている記事の傾向を分析する(この3つは日常的にやる)

(2)そうしているうちにいずれ「このメディアで書きたいなあ」が分かるはず

(3)分かったら営業のための材料を準備する

・(1)を基に「もしもこのメディアに寄稿するとしたら……」という前提で書いた原稿

・履歴書

・アピール文(「私を採用するとこういうメリットがあります」+「御社で書きたいと思った理由は……」の両方を語る。どちらかが欠けていると弱い)

・他媒体での過去実績(もしもあれば)

(4)メールアドレスか会社の住所を調べ、(3)で準備した材料を送る。ライター募集していなさそうな雰囲気でも気にせずやる

(5)送ったものを読んでもらえるか、それとも読まれずに終わるかは、こちらからは知る術がない。そこから何か進展があれば、直接会ったりとか、面接したりとか、そのあとの流れに沿う

 

 

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今回は以上です!

質問は随時募集中なので、お気軽にぜひ。Twitterのタイムラインに連投するのは個人的に好きではないので、またいくつか質問がたまってきたら、ブログに回答をまとめようかと思います。

 

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