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蜂須賀ちなみの日記帳

段ボールを飛び出して

少し前の話になりますが、「音楽と人」2023年3月号の「ぼっち・ざ・ろっく!」特集に寄稿しました。5つの文章が掲載されている特集で、例えば「バンドマン目線で見た『ぼっち・ざ・ろっく!』」など、それぞれの観点から「ぼっち・ざ・ろっく!」が語られています。

 

 

5つの文章全てを読んだ方がアニメの魅力を多角的に捉えられると思うので雑誌の方がおすすめですが、自分の文章はウェブにも掲載されています。

 

ongakutohito.com

 

私は「『ぼっち・ざ・ろっく!』と私」という名目で、主人公の後藤ひとりこと“ぼっち”に共感した身として文章を書きました。ぼっちについて「喋り始める前に「あっ……」と言ってしまいがち」、「相手の目を見られず、俯いて、早口で、自分の言葉を押しつけてしまう」と書いていますが、これはまさにライブ終演後の関係者挨拶の時の私です。その場でパッと喋ることが大の苦手だから、一人でじっくり考える時間を確保して言葉を紡げる仕事に就こうと思った人間なのに、ライブ直後の気持ちが高ぶっている状態で、ついさっきまでステージに立っていたアーティストを前にしても、気が動転し、もちろん上手いことなんて言えず、醜態をさらすだけで終わるのです。この仕事を初めてもうすぐ10年になりますが、いつまで経ってもそうなので嫌になります。

 

BLUE ENCOUNTの高村さんが「ぼっちは実は変わっていない」と指摘しているように*1陰キャ陰キャ性はそう簡単に変えられるものではありません。私は自分の人生を通してそれを実感しています。しかし、殻を自ら破った時、人生は少しだけ前に動くものだとも実感しています。ぼっちにとっては「こんな奇跡、一生起こらない」と、虹夏やリョウとバンドをやろうと決めた瞬間がそうだった(喜多ちゃんはこの時まだいなかった)。私にとっては、「ライターってどうやってなればいいのか分からないけど、とりあえず、一番好きな雑誌を作っている人に読んでもらわないと始まらないよな」と「音楽と人」編集部に突然原稿を送りつけた瞬間がそうだった。もちろんコネなんてありません。今考えたら突拍子もない行動だったし、ただの大学生が書いた文章に光るものがあったとは思えないけど、「なんかよく分からないやつが来たぞ」と面白がってもらえたのか、その後インタビューの仕事をいただきました。それがライターとしてのキャリアのスタートです。あの時原稿を送っていなければ、今頃違う人生を歩んでいたかもしれません。

 

そういった背景があったため、「ぼっち・ざ・ろっく!」に関する文章を「音楽と人」で書くということは、私にとって非常に大きな意味を持つことでした。音楽や演劇、小説、絵画、TVアニメ、映画などが好きな人には共感してもらえるかと思いますが、日々アート/エンターテインメント作品に触れていると、誰かがつけた星の数なんて全く関係なく、自分という人間の芯に響く“人生の一本”と呼べる作品に出会うことがごく稀にあります。私にとって「ぼっち・ざ・ろっく!」とはそういう作品であり、たとえ仕事の依頼がなくても何らかの文章を書いていたはずだけど、だからこそ、こうして仕事をいただけたことに巡り合わせのようなものを感じています。

 

(最初、編集部の方から「『ぼっち・ざ・ろっく!』って好き?」と聞かれた時に「毎週見てはいましたね」と煮え切らない返答をしてしまいましたが、ここで「大好きです!」とストレートに答えられない人間の書く文章だなと、出来上がった原稿を自分で読みながら苦笑しました)

 

そんな原稿が世に出てから1ヶ月後。ライターの石井恵梨子さんが、「音楽と人」2023年4月号でのコラムで、私の書いた文章に言及してくださりました。「目標や憧れの対象があってこそ、たっぷり光をもらえるし、影のかたちも認められる」という表現がすごく素敵。

 

 

酔うと泣くタイプだということが読んだ人にバレちゃうのは恥ずかしいけど(笑)、尊敬する書き手の文章が世界にまた一つ増えたと考えれば、自分の情けない性格も捨てたもんじゃないなと思えます。また、10年前の飲みの席で石井さんが私に掛けてくれた言葉と、自分が「ぼっち・ざ・ろっく!」に関する文章で伝えたかったことは実は同じだったんだと、石井さんの文章に気づかされ、「これが10年か……」と感慨に耽っています。

 

ということは、もしも若いライターから相談される機会があったら、今度は私がやさしい言葉を掛けてあげないとな、と思うわけです。思うけど……うーん……私は石井さんのようにはできないだろうな。相手と目を合わせて喋ることすらままならない人間が、そんな立派に振る舞えるとは思えない。だけど文章越しにそれができるようになった、そうしたいと思えるようになった自分のことを、少しは認めてあげたいです。